交通事故の悲惨さとその家族

交通事故は残酷です。車やバイクを運転する人は、その悲惨さを認識としては持っているでしょう。しかし、その現実は自動車学校や警察署で見るようなビデオ、写真から受ける印象を遥かに超えるものと断言できます。事故そのものも、当然大変な出来事ではあるのです。

しかし、事故の厳しさは筆舌に尽くしがたいものがあるのです。以下、私が体験してきた交通事故の現実を記してみたいと思います。

事故発生

交通事故にあったのは私の父でした。昼時に起こった事故でしたので、私は仕事をしておりました。すると、珍しいことに母から電話がかかってきたのです。余程のことがない限り、仕事中に電話はしてはきませんでしたから、どことなく嫌な予感はしたのです。

すると、明らかに動揺した声の母で、父が事故にあった、と。私は目の前が真っ白になり、今にも崩れ落ちそうな気分でした。母に落ち着くよう言い聞かせ、上司に事情を説明した上で午後の休暇を願い出ました。とりあえず、事故の現場は近場でしたから、すぐさまその場所に向かいました。

既に救急車とパトカーはその場におりました。父はバイク、相手方は車でした。父は道路真ん中で横になっているようでした。はやる気持ちを抑え、声をかけてみると、反応がありました。しかし、意識はあるものの、体は動かせないということでした。

緊急入院

救急隊員の方の話によると、近隣の病院では対応が難しいので、都市部の病院に搬送するとのこと。新しい出来事が次から次に押し寄せてきて、頭の中がまるでグルグルグルグルと洗濯機の中のように回って何も考えられませんでした。

父は救急車で3時間ほどかけて、都市部の病院に搬送されました。母は救急車に同伴し、私は着の身着のまま、搬送先の病院をインターネットで調べて自家用車で向かいました。病院で告げられたのは、残酷な現実でした。父はもう身体を動かすことはできないだろうということでした。

私はあの日、何度神を呪ったことでしょう。何故、父にこのような仕打ちをするのかと。それと同じく、何度神に祈ったことでしょう。何度も何度も、父を助けて欲しいと。父は身体を鍛えるのが趣味でしたから、私から見ても細身の筋肉質な格好のいい身体をしておりました。

私は父の、まだ筋肉のついた格好のいい身体に触れました。父の体に触れながら、涙が溢れ出てくるのを止められませんでした。この身体が、もう動くことはないのだ、と。そう思うと、拭いても拭いても目から滝のように涙が溢れ出てくるのです。

もう何ヶ月もすれば、何年もかけて鍛えてきた筋肉も落ち、細くなっていってしまうだろう。私は父の無念を思うと、苦しくて哀しくて、憤りと悲しみでどうにかなってしまいそうでした。

被害者と被害者

事故の内容は、相手の一時不停止、確認不足によるによる追突事故でした。道路を直進していた父は左方向からいきなり出てきた車を避けることができず、追突して横転、頸部を強かに打ち付けたのです。事故の起きた日に見知らぬ人が現れました。

ぱっと見は誠実そうな男性の方でした。話を聞くと、車に乗っていた相手方のようです。静かに頭を下げられていましたが、私達は余りにも起こった出来事が多すぎて何も言葉をかけられずじまいでした。今でもどのような言葉をかければ良いか分からないことが多いです。

いっそのこと、思い切り罵ることができれば楽だったのかもしれません。「事故の有責者が何をのうのうとしているんだ、今すぐに父と代われ」と。今だに何であの人が元気で笑って生活できていて、父はこんなにも苦しい生活を強いられるのか、激しい苦悩に苛まれます。

しかし、事故はお互い様、どちらも被害者、という認識があり、納得はできないまでも謝罪は受け入れることにしたのです。

交通事故を防ぐための標語

保険業者との交渉

私達家族は、交代で父の面倒を見ることにしました。大まかなところは病院が見てくれます。しかし、例えば、鼻先がかゆい、といった時に父は自分の手で顔をかくことができません。誰かにかいてもらうしかなく、このような小さなことは一日のうちに何十何百とあるのです。

しかし、そんなことでいちいちナースコールを押していたら、何人看護師さんがいても足りません。そのため、たった鼻先が痒いということでさえ、父は地獄を味わわなくてはならないのです。

そんな時、1つの問題が持ち上がりました。そう、賠償の問題です。父は重大な怪我と後遺症が残りました。幸い相手方は保険に加入しておられたので、その交渉を私達がしなければなりません。例えば、病院は家から遠いところでしたし、毎日の生活費も馬鹿にならないものでした。

したがって、保険業者から、滞在費を出してもらおうということになったのです。しかし、保険業者からの答えはNoでした。何故ならば、付添人が必要のない案件だから、という答えでした。

病院は大きな所でしたし、そのケアは行き届いていたかも知れません。

しかし、細々としたケアは私達家族しかいできないし、話し相手も私達家族しかいないのです。私はこれまで生きてきた中で、この時ほど憤った瞬間があったでしょうか。付添人が必要ないならお前が代わって寝たきりになって一人で生活してみろ、と私は握っていた受話器を叩きつけてしまいました。

何故、貰ったような事故で怪我まで負わされ、こんな横柄な連中と交渉までしなければならないのか、余りにも怒りが頭の芯に残っていたため、頭が冷えるのに数日の時間を要しました。そして、知人の勧めに従い、保険業者との交渉は弁護士を雇うことにしました。

今だにあの時の保険業者の対応には苛立ちを隠せません。

事故の後処理

その後は、警察官の方に状況を伝えたり、検察の方に状況の確認をしたりしました。長く家を空けていたので、掃除も大変でした。正直、何かを考えてしまうと、頭がどうにかなってしまいそうで、必死に何かをしていたように思います。

事故は、事故が起きてそれで終わりではありません。被害者に大きな傷を残し、その後も何度も何度も傷つけていきます。傷つけて傷つけて、へたり込んで苦しんでいても、誰も助けてはくれません。何とか抗って、自分なりに整理をつけていくしかないのです。

一番いいのは事故に遭わないことです。自分が加害者になっても被害者になっても不幸にしかなりません。しかし、私から言わせれば被害者の不幸に比べて加害者の不幸など、笑い話でしかありません。ですから、事故は絶対に避けなければなりません。

私の体験談が少しでも交通事故の防止に繋がればと思います。

交通事故の被害者は、どのような解決方法を選ぶべきか?